サニーの思い出日記:その1
小さいときも楽しかったサニーの思い出、、。

プロフィールのところに「小学生の頃、どぶ川に落ちたときに自分の存在を初めて感じた。」と書いていますが、数人の方から「一体、どぶ川で何が起こったのですか?」と良く聞かれます。
このときに私の体の中に起こったのは、
1、パンツの中にチュルチュルと入ってくるとても汚いくて冷たい水の感触。
2、緑色のアメーバみたいなヌルヌルとした手の感触。
3、どうしてこんなに臭いのかとアインシュタインに聞いてみたくなるほどの、腹立たしくなるくらいのヘドロ臭さ!
4、僕がドブの中に落ちている時間にミユキちゃん(そのころ好きだった女の子、、エヘッ、、打ち明けちゃった28年も経って、、。)は今頃ピアノのお稽古をしている、、、。ということは、僕はここにいるけども、他の人は別のことを同じ時間にしている。みんなが同じ時間に、同じどぶ川に浸かっているわけではない!36歳の今の俺の言葉に置き換えると「人はそれぞれの時間軸の上に生かされている。」ということを認識したわけです。
その頃から、自分を動かしている"脳"の存在も感じていました。お菓子を食べる自分の指や、スキップする足の動きを自分で動かしていることにも気付きました。
三面鏡にも興味を持ちました。三面鏡の真ん中に立って、両手で少しずつ閉じていくと自分の数が増えていって、「なんだこれは、風のフジ丸(知っているかな?)やハットリ君の分身の術みたいだ。」と毎日がいろんな発見の連続でした、、。
あとは幼い頃に親を亡くしたため三歳から自分で料理(インスタントラーメンも三歳の子供には立派な料理だった!)を作っていました。一番好きなのはマルタイの棒ラーメンにビネガー、紅ショウガを入れて、赤とうがらしを一面に浮かべて食べるのが大好きでした。四歳の頃には自分でお鍋でご飯を炊いて、ゆで卵も作れました。三角おにぎりも小さいですけど作れました。
今から考えてみると自分と遊んでいた時間が多かったので、一番仲のいい友達は自分でした。
だから、今でも自分一人でもとっても楽しいんです。自信もありますし、自分が好きです。
その頃から今でも付き合っている男友達がいます。彼の名前は田川 健太郎と言って、とてもおもしろくて頭のいい友人です。もう33年間も友達なんですよ。彼はみんなに自慢できます。彼と知り合ったきっかけは、同じ幼稚園に通っていたとき、おやつの時間だったんですが、私は自分のクッキーをあっと言う間に食べ終わり、足らなかったので、彼のクッキーを勝手に半分ちぎって食べちゃったんです。
彼は号泣しました。そして博多弁で先生に「さなえくんが、僕のクッキー食べたとよぉ〜」と言ったのですが、あまりの悲しさに言葉にならず結局先生にはわかってもらえず、「健ちゃんおやつの時間に泣かないの!!」と逆に怒られちゃって、、、可哀想に、、(^_^;;。
そのときにはそれで終わったのですが、、。あとで「ごめんね、健ちゃん」って謝ってから仲良くなったんです。
それからは意気投合して、いつも遊んでいました。ある日、僕たちの通っている幼稚園はカソリックの幼稚園だったんですが、祭壇にある大きな十字架を椅子を使って2人で、一生懸命地下室に持っていって「僕たちの宝物にしよう!」って約束して隠しちゃったんです。
そうしたら、次の朝に当たり前ですけど大騒ぎになっていて、健太郎と2人で「いったい何があったのかな?」って、まったく隠した十字架のことを忘れていたんです。
仲良しだった白水(しろうず)先生に「どうしたの?」って聞いたら、「あそこにあった十字架がなくなったのよ。」って言われたんです。そのころの私たちには十字架という難しい名前を知らなかったのですが「あそこにあった、、、」と指を差されたときに、「ひょっとして僕たちの宝物のこと?」って先生に聞いたら、「宝物???」と先生はなぜなぜなぁ〜に?の世界に入ったような顔になったのですが、さすが勘のいい白水(しろうず)先生は「どこにあるの?」って聞かれました。「あっち」と言って、僕たちは先生を自慢げに、地下室に案内しました。十字架を見つけた先生は怒らずに「これはみんなの宝物だから、みんなで大切にしましょうね(^_-)-☆」って言ってニッコリ笑ってくれました。
そのときの白水(しろうず)先生は白いブラウスとグレーで白いユリがデザインしてあるカシミアっぽいカーディガンを着ていたのですが、今でもハッキリと彼女の笑顔とそのシーンを覚えています。
十字架が見つかって、牧師先生もおお喜びで、あとで礼拝の時に「十字架はみんなの宝物です。そして、君たちは神の子であり、人類の宝物です。」とおっしゃいました。今、牧師になった私はそのときの牧師先生の言葉がいつも心にあります。人の人生って、いろいろな思い出や経験から、人格形成されるんですよね、、。
みなさんにも神のご加護がありますように、、、アーメン。
2003年12月21日早朝、私の3才からの大親友だった健太郎が突然、42才でこの世を去りました。
悲しい気持ちと悔しい気持ちで涙が止まりませんでした。
健太郎との楽しかった思い出はいつまでも私の心の中に生き続けます。
どうか安らかにお眠りください。
マウイ島より、心からのご冥福をお祈りいたします。神谷 早苗
これを読んでいる方もどんどん質問下さいね。遠慮しないで、、。(^_-)-☆
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