小学生の頃の思い出、、。
小さい頃から、明るかったんだよぉ〜!
森永マミーって知ってる?
3才で両親を亡くし、兄弟、親戚もいませんでしたので、小さい頃はとっても孤独で貧乏でした。今もあるけど福岡市城南区鳥飼の県営住宅で育ちました。そのころ、家の中で遊ぶおもちゃは、とてもシンプルな積み木だけでしたので、雨が降っても砂場、ブランコ、天神の森、油山など外で遊びました。特に、ドシャ降りの雨のなかで遊ぶのは大好きでした。なぜかというと、砂場の枠木の下を掘って、外側から雨水を砂場の中に流し込み、自分の村を作るのが楽しみだったんです。その砂場村の住人は、黄金虫やかぶと虫、クワガタ虫というメンバーで、彼らにとっては雨の中、何とか脱走しようと必死だったのですが、私は彼らを友達と思っていましたので、一緒に平等に仲良く遊んだつもりでした。でも、必ず遊んだ後は「また、遊ぼうねぇ〜」と言って、彼らのお家へ帰してあげていました。彼らが私の人差し指から、体制を整えて、必ず羽を一度きれいに開いた後、お尻をプルプルとして、自由に飛んで変える姿を見るのが好きでした。
人間のお友達もたくさん居たんですが、雨が降ってくると「ケンちゃーん、お家へかえっておいで、、。」などとみんな、おかあさんから呼ばれて次から次に帰っていきました。私には誰も呼ぶ人が居なかったので、みんなから「お前っていいよな。いつも自由で、、。」ってうらやましがられていました。私も「ラッキー」だと思っていました。特に寂しくはありませんでした。誰よりも思う存分遊べたし、すべり台の上から、星を見るのが好きだったからです。
でも、お金がなかったので、大好きな"森永マミー"という、意地悪なくらいとっても小さな飲み物があったのですが、これが1本しか買えず、3歳の子供の口でも一気飲み出来るほどしか入っていないため、なんでこんなに量が少ないんだろうといつも悔しい思いをしていました。そして、大きくなったら、「森永マミーをドンブリ一杯飲んでやるぞ〜」と誓いました。それが実現したのは16歳の時でした。
今はマウイで独立してビジネスを出来るようにまでなりましたが、森永マミーの存在は私の人生の課程で必要である目標と前向きに生きる努力を動機づけてくれたのではないかと思い、感謝しています。
でも、そのころの森永マミーを企画した方が、児童心理学をベースとして商品を出したのであれば、すごいですよねぇ〜!!今でも、あるのかなぁ〜?
これを読んでいる方もどんどん質問下さいね。遠慮しないで、、。(^_-)-☆
お寄せいただいた、コメントは匿名でページ上に発表するかもしれませんのでご了承ください。また、エッセイが100編を越えたら、記念として自費出版するつもりです、、、あくまでも予定、、。
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